『モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活(奥泉光)』

モーダルな事象


 分厚くて字がびっしりだけど読み口が軽くて気づけばどっぷり読んでしまう幻想伝奇トラベルミステリエンターテインメント(適当だ)。『鳥類学者のファンタジア』が好きだった人ならきっと気に入ると思う。流麗な描写の中に何事もなかったかのように埋まっているお笑い具合が楽しいです。


 助教授桑潟幸一は、たまたま文学辞典に説明を書いた作家、溝口俊平の遺稿が雑誌に掲載されるということで原稿を依頼されたことから、恐ろしい思いをすることになる。うだつのあがらない助教授「桑幸」のどうでもよい日常(これが「スタイリッシュ」とはヒッキー*1らしい前衛的な言葉遣いである)における小物っぷりが面白い。現実と幻想を難もなく行き来する展開の見事さは相変わらず。怪奇な場面は描写が達者なので一層怖くて読むのがつらいのが困ったところ。
 瀬戸内海の小島での伝奇がいかにもそれらしく根が深そうで、こんな小物が事件を解決できるするのかいな…と思っていると出てくるのが北川アキ。『鳥類学者のファンタジア』の主人公フォギーの友人であり、ライター兼歌手。元夫、諸橋倫敦とのコンビ(元夫婦探偵?)を組んで事件に首を突っ込み始める。二人とも違う意味で強烈なキャラクターで、事件とは関係ない二人のやり取りが楽しい。ここがあるから、文量のわりにスピーディに読める印象があるのかも。


 桑幸の視点では白昼夢に煙に巻かれ(というよりそもそも桑幸は何が起こっているか解決してやろうという前向きな姿勢があまりない)、北川アキたちは当事者たちほど情報がないので仮説が誤り、時には正しかったりと一進一退を繰り返す。雰囲気が異なる両方の視点が交互に提示されることで、幻想文学的余韻とトラベルミステリ風謎解きをまとめて味わえる、贅沢な作品と言えましょう。
 また、ベストセラーの要因が「奇跡的な発見をされた遺稿」という作品の本質とは違うところだったり、投稿記事がやらせだったりと社会派なにおいもするディテールが、謎の解明につながっているのが面白い。
 推理小説として突飛なオチは実はそれほど期待していなかったんだけど、伝奇の真相やそれにまつわる諸般の事件の構成はなかなかしっかりしていて読み応えがありました。本格ミステリマスターズにふさわしい。

 しかし最後の最後までアレを引っ張るとは。天晴。

 巻末の解説(詳しすぎるので本編読了後にしたほうがよいです)と作者による既刊紹介も充実しているので、分厚いけどお買い得です。

*1:ここでは奥泉光の意